aqua
 
 
 
桜も散った5月のある日。
とても気持ちの良い日差しの中、私は外に出た。
ふらふらと歩いて行くと、森に辿り着く。
キラキラと光を落としながら、太陽の欠片を大地に下ろして
一歩進む毎に私の目を眩ませて行く。
光に視界を奪われた後に、目に映った人に胸を締め付けられた。
「アイオロスっ!!!」
振り返ったその人は、望み求めた相手では無かった。
「え?・・・あ、さん。どうしたんですか?」
「アイオリア・・・・ううん。偶々見掛けたから・・・・・・」
彼は気付いてる。
私があの人と間違えて呼んだ事を。
冥王戦が終わり、随分長い間戦いの無い幸せな日々。
女神が亡くなった者を生き返らせてくれたと言うのに
彼は何故か生き返って来なかった。
小さな頃から一緒に過ごして来たあの人。
アイオリアが大きくなると共に、あの人に似てくるのが辛い。
あの頃はあの人よりも年下だったのに、私が年上になってしまった。
少し散歩した後、アイオリアに別れを告げて
あの人の宮に向かった。
 
 
 
 
女神に許可を貰って、此処の掃除をしに良く来ていた。
最初はみんなが『此処に住め』と言ってくれたが
私には、此処に住む事が出来ない。
此処はあの人の宮。
彼以外が此処に住む事を許したく無い。
勿論、自分も。
ゆっくりと扉を開け中へと入れば、今にもあの人が笑顔で振り返って
私の名前を呼んでくれそうな錯覚を覚える。
誰も居ない室内で、窓を開けて換気しながら辺りを見回す。
埃すら見当たらないように、綺麗に片した部屋。
あの人がいつ帰って来ても言い様に、掃除を欠かした事は無い。
今日も箒を持って部屋を片付け始めた。
 
 
 
 
あの人の寝室を片付けていると、普段手を出さなかった
引き出しに目が止まった。
中を絶対見ないと決めていたのに、何でか気になって仕方が無い。
私は駄目だと思う気持ちと裏腹に、手が言う事を聞かなかった。
引き出しに手を掛け、ゆっくりと引くと
あの人が大切にしていた物が次々と目に飛び込んで来る。
兄弟でいつも身に付けていた、形見のペンダント
3人で洞窟探検した時に見つけた水晶
最初で最後に3人で撮った写真
そして・・・・私があげた四葉のクローバーの栞と
誕生日にあげた、銀のピンキーリング。
あの人らしく、綺麗に配置され大切にされていたと分かる扱い。
亡くなったあの日に、何故着けていてくれなかったのかと
悲しくなると同時に、こんなに大切にしてくれていた歓びが交差する。
今でも容易に思い出せる、あの人の全て。
でも二度と戻らない。
いい加減、枯れてしまっても良い筈なのに涙が溢れる。
小さい頃からずっと一緒に生きて来た。
どんなに辛い事が有っても、肌を寄せ合い励まして来たのに
一人さっさと居なくなってしまうなんて、酷い人。
想いを伝える暇も与えてくれなかった。
兄弟みたいに思ってたかもしれないけど、私はずっと想っていた。
誰よりも一番正義感が強くて、兄の様な存在。
15年経った今でも、あの人は永遠の14歳。
一人だけ歳を取ったと感じてしまう。
 
 
 
 
 
 
あの人の記憶に想いを馳せていれば、
いつの間にか辺りは暗くなっていた。
窓越しに見えるのは、もう灯りの点いた沢山の宮。
何もせずに今日1日を過ごしてしまった後悔と
思い出す度にあの人を近く感じる安らぎ。
窓を閉め、部屋を元通りに戻して出た。
「アイオロス、また来るね。」
 
 
 
 
暗くなった階段を、確かめるように下りる。
今から帰ると、随分遅い時間になってしまうけれど
いつもあの人に守られてるみたいに感じて居たから
怖いと思う事は無かった。
白羊宮を過ぎ、聖域を出ようとした時
昼間訪れた森に、もう一度行きたいと何故か思った。
己の足の赴く侭に森を進み、小さい頃よく遊んだ泉に着いた。
懐かしい。
『明日も此処で待ち合わせだ。遅れるなよ?』
爽やかな笑顔を浮かべて、あの人は言った。
翌日、あの人を待っていても来なかった。
二度と、あの人に会う事は無かった。
あれが最後の言葉。
あの人が約束を守らなかったのは、初めてだった。
約束の日、あの人が来るまで待ち続けた。
夜、他の聖闘士が心配して探しに来るまで、私は居続けた。
私の心は、今でも此処であの人を待ち侘びて居るのかもしれない。
 
 
 
 
月明かりに照らされた泉に、足を浸けて空を見上げた。
「アイオロス、いつまで待てば帰って来るの?
もしかして、もう二度と帰って来ないつもり?嘘吐きね。」
一人空に向かって呟いた。
女神が言った言葉を思い出す。
『彼の肉体は朽ちてしまったから、再生が難しいみたいなの。
最悪の事態、二度と再生出来ないかもしれないから・・・・・』
あんなに悲しそうな女神の顔を初めて見た。
その時、私は何も言えなかった。
弟のアイオリアは、唯一の肉親が生き返らない事に
悲しんだが、ある日を境に前向きになった。
彼の幻に会い、励まされたと言っていた。
何故?・・・・何故、私の元には出て来てくれないの?
あの人にとって私は、ただの知り合い程度だったの?
再び零れ落ちそうになる涙を隠そうと、泉に飛び込んだ。
暫く底で漂っていると、水面に一筋の光が目に飛び込んでくる。
何て幻想的な光景なんだろうと、私は見入っていた。
ふと何かに包まれる様な感覚を覚え、疑問を感じる。
だって今、水に包まれていると言うのに
その他に私を包む物なんて有りはしないのだから。
包まれる感覚がどんどん強くなって、気が付けば
抱き締められていると感じる程の力に変わっていた。
 
 
 
 
怖かった。
言い様の無い不安が私を襲い掛かっていたから。
水面に顔を出して、息継ぎをする。
この時にはもう抱き締められるような感覚は無くなっていたけど
心に何か引っ掛かるのを感じて、再び水底に身を沈めた。
そんなに深くない筈の水底だった。
なのに、いくら泳いでも底が見えて来ない。
また何かに抱き締められる感覚が襲ってくる。
『アイオロスなの?』
返答は無い。
あの人だったらと、切に願ったけれど
いつも空回り。
潜るのを止めて漂っていると、頬に触れられる感覚。
目を閉じて感覚を研ぎ澄ますと、あの人に似た感覚だった。
姿は見せてくれないのに、感覚だけはくれるんだね。
中途半端な優しさなら欲しくない。
私は水面に向かって泳ぎだした。
けれど体は進まない。
『アイオロス、離して・・・・・・』
それでも感覚は私を捕らえて離してはくれない。
暫くそのままで居れば、私は確実に死んでしまう。
『貴方は私の死を望んでいるの?』
不意に感覚が緩むのを感じた。
ゆっくりと上へ向かって行こうとすると、目の前に金色の揺らめきが過ぎる。
底に目を向ければ、悲しそうなアイオロスの姿が見えた。
『私は、このまま上を目指せばいいの?それとも共に有る事を望んでくれるの?』
少しだけ頷いた彼に、私は躊躇する事無く再び底を目指した。
・・・・・』
『貴方の居ない世界は、つまらないもの。』
笑う私に、彼は切なさを秘めた笑みを返した。
『すまない・・・・・今まで君の前に現れなかったのは、忘れられるのが怖かったからだ。
に忘れられるのが、一番辛い。』
『いいの・・・・・これからずっと、一緒に居られるんでしょ?』
少し俯いた彼が、何かを決心したように私を見上げた。
『俺と共に居たいと・・・・願ってくれるのか?』
『願わなかった日は無かったと、知っているんでしょ?』
『ああ・・・・・・でも、の言葉で聞きたい。』
『アイオロスと共に居られるなら、地獄でも何処でも構わない。
貴方が居ない世界なんて、生きる意味が分からないの。』
『俺もだ・・・・・・』
やっとアイオロスの手に触れられる位置まで来たのに
触れようとした瞬間、すり抜ける。
『アイオロス・・・・・?』
の死なんて、俺は望まない。人馬宮に戻るんだ。』
『・・・・・・・また一人にするの?』
アイオロスは優しく笑って、私の前から姿を消した。
泉から出て、振り返ってもアイオロスは居ない。
濡れた体を引き摺って、森を出た。
分かれ道に着いた時、ふとあの人の言葉を思い出した。
『人馬宮に戻るんだ。』
あの人の言葉に従う様に、私は自宅と反対の道を進んだ。
 
 
 
 
 
 
再び人馬宮に入り、濡れた服を脱ぎ捨てた。
クローゼットから、アイオロスの着ていたシャツを出して羽織ると
15年も経っているのに、あの人の匂いがする。
その場に座り込み、彼の匂いを抱き締めた。
。」
声が耳に届くと同時に、後ろから抱き締められた。
偽者じゃない、本物の温もり。
「アイオロス?」
「ああ・・・・・ただいま。」
「何で・・・・・・・・・・・?生き返る事、出来たの?」
「ごめん。生き返る事は可能だったんだ。でも、出来なかった。」
声も温もりも、あの頃とは何かが違う。
随分昔の事で、忘れてしまったのだろうか。
「あの時の、14歳の肉体に生まれ変わるのは簡単だったんだ。
だけど、と対等で居たいから。」
「対等って?」
「15年経った肉体になるまで、時間が掛かるんだ。」
抱き締められた腕の力が弱まり、私は振り返った。
そこにはあの頃よりも精悍な顔をしたアイオロスが
微笑みを浮かべて立っていた。
「もう、居なくならない?」
「あははっ。大丈夫だよ。ずーっと一緒に居る。
折角、を捕まえに戻って来たんだ、当たり前だろう?」
嬉しくて、恥かしくて、思わずアイオロスの胸に飛び込んだ。
 
 
、この際此処に住まないか?それならずっと一緒に居られるだろう?」
「・・・・・・・・・・何で?」
「あ・・・・ごめん。大切な事を言い忘れてるよなっ。、愛してるぞ。」
「自信満々に言うんだね。私が断るとか思わないの?」
「思わない。15年間ずっと見守って来たんだ。
の気持ちは誰よりも知ってるつもりだ。」
私を強く抱き締めてくれる。
「なら、言う必要無いか・・・・」
「い、いや!待て!!」
「なあに?」
今まで寂しい思いをさせた罰。
ちょっとだけ苛めちゃうんだから♪
「あの・・・・な。の口から聞きたいなぁ・・・なんて。駄目か?」
窺う様に覗いてくるアイオロスが可愛くて仕方が無い。
あれから15年って言ったら、いい歳の筈なのにね。
「ふふっ・・・・仕方無いなぁ。大好きだよ、アイオロスの事。」
「よかった。」
満面の笑みを浮かべるアイオロスの胸に、強く抱き着いた。
今ならちゃんと受け止めてくれる腕が有る。
安心感が私を包んでる。
、これからも一緒に居ような。」
「うん!」
 
 
 
 
翌日、彼が黄金聖闘士のみんなにボコボコにされるのを
端から見てたけど・・・・
結局、何でか飲み会に発展して帰って来なかった。
『ずっと一緒に居る』って約束は、早くも破られてしまった。
先が思いやられます・・・・・
 
 
 
 
 
 
 
 
end